磯山さやかの鉾田第二高校時代は野球愛が強すぎる天然娘!芸能界入りが意外

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グラビアアイドル、タレントなど幅広く活躍する磯山さやかさん。

高校時代はマネージャーをするほど野球が好きで熱中していたようです。

その高校時代のエピソードを書いてみましたので、最後までご覧ください。

磯山さやかは鉾田第二高校卒業

磯山さやかさんは1999年4月に茨城県鉾田市(ほこた)にある鉾田第二高校に入学し、2002年3月に卒業しています。偏差値は44で男女共学です。

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出典元:https://www.minkou.jp/hischool/school/467/

入学動機は野球部のマネージャーになりたかったんではなく、田舎な風景で周りの環境が好きで入学したようです。

 

磯山さやかは「タッチ」に憧れ野球部のマネージャーへ

鉾田高校に入学した磯山さやかさんは、中学時代からマネージャーに憧れており入学して何をしようかと迷ったそうです。

たまたま両親が野球が好きだったので友達と野球部のマネージャーになろうと思い、野球アニメ「タッチ」の浅倉南ちゃんもマネージャーで可愛かったし、まあいいかと勢いで野球部のマネージャーになったようです。

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出典元:http://photozou.jp/photo/show/525914/55733292

野球部のマネージャーとかは男からモテそうですが、当時の磯山さやかさんは付き合っていた彼氏はいなかったとの事です。




 

野球部とマネージャーの思い出

意外にもたまたま野球部のマネージャーになり、3年間マネージャーをした磯山さやかさんですが、野球部の思い出などあるのか調べてみました。

磯山さやかさんはソフトボールの経験があり、玉を打ったら一塁に走るという基本的なことしか知らなかったそうで、スコアをつける事はマネージャーになってから勉強したようです。

 

当時の野球部のマネージャーになった時のコメントがあるのでどうぞww

もうなにもかもが大変でした!まずは坊主に慣れるのが大変でした(笑) 確かに中学の時もクラスの野球部の子は坊主だったけど。あそこまで坊主が集まる環境は初めてだったので、ビックリしちゃって!「ありがとうございましたっ!」とか「ちわっす!」とかそういう男くさい言葉もあまり慣れていなくて、初日から泣いたりしてました。あれ??これちょっと駄目かもって(笑) 監督も若いけど怖い人で。マネージャーの体験入部なのにすごく怒られましたね。「チョットここ違うな?。ここタッチじゃないな?」って。さわやかなイメージが、全然違うので。

引用元:https://www.hb-nippon.com/interview/44-intvw2007/74-intvw2007-08-date20071219no07

最初は体験入部で半強制入部という形で、野球部のマネージャー生活がスタートしたそうです。

 

本格的に野球部のマネージャーになった理由

さて、半強制入部でスタートしたマネージャー生活ですが、ある出来事で本格的にマネージャーをしようと決意したそうです。

それは3年生の先輩の夏の最後の試合で負けて、男泣きをしている所をみた時に感動して泣いてしまった事。

最後の相手が練習試合では勝っていたこともあり余計に、今のメンバーを最後まで支えようと決意したようです。

 

磯山やさかさんは、最後の試合は仕事で見れなかった為、悔しいコメントを残していました。

一緒の代で高校3年間やったマネージャーは私しかいなかったんですよ。みんな辞めたりとか、途中から入部したりとかだったんで。3年間やってきて最後だけこんな形で見れなくて。ホント悔しさと申し訳なさと…悔しかったですね?、とにかく!!現場で泣きました。お母さんに実況中継してもらって。しかも負けた相手が練習試合で勝っているチームだったんです。勝てると思っていたからビックリしました。練習試合やジュニア大会・県東地区大会でも結構強いチームに勝っていたので。

引用元:https://www.hb-nippon.com/interview/44-intvw2007/74-intvw2007-08-date20071219no07

お母さんに実況中継までしてもらうほど、熱意が伝わってきますね。

 

3年間マネージャーをして良かった事

今の仕事とマネージャーと両立しながら高校生活を送っていた磯山さやかさんですが、マネージャーをしていて良かった事を調べてみました。

まずは、目上の人に対しての礼儀や態度、社会人になってからの最低限のルールは身に着いたと言っていました。

特に監督が厳しかったため、挨拶や言葉使いを徹底的になおされ、根性と忍耐力もかなりついたそうです。

こんな忙しい生活を送った磯山さやかさんですが、高校時代は先生に怒られない為にいろんな事を我慢していたので、もっと遊んでおけばよかったと後悔しているようでした。




 

芸能界入りのきっかけ

ここで磯山さやかさんの芸能界入りのきっかけを調べてみました。

なんとモーニング娘に憧れオーディションも受けた経験があるようです。

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引用元:https://www.crank-in.net/interview/82190/1

高校2年生の時に本屋さんでオーディション雑誌を見ていて、ホリプロのタレントスカウトキャラバンというものがある事を知り、友達と思い出作りと東京に遊びに行く感覚でオーディションを受けたそうです。

二次審査でその時は落選しましたが、帰ろうと思った時にホリエージェンシーの社員にスカウトされ、2度目のオーディションで合格し2001年芸能界デビューを果たします。

グラビアアイドルとしてデビューを飾りましたが当時はグラビア黄金時代、海外ロケが当たり前で大変だったと話していました。

しかし、磯山さやかさんは自分のぽっちゃり体系に悩んでおり、当時は太っているとしか見られなくて「痩せろ」と言われたりビキニ姿を見せるのも恥ずかしくて仕事が好きになれなかったそうです。

そこでダイエットを決意したんですが、痩せた磯山さやかさんにファンはなんで痩せたの?とか元のままでいいのにと言われる事で、自分も魅力に気づいていったようです。

そこからある人の出会いで仕事も広がっていったそうです。

 

志村けんのバカ殿様との出会い

そのある人との出会いとは、今は亡き志村けんさんだ。2010年から舞台「志村魂」やバラエティ番組「志村けんのバカ殿様」に出演することで志村ファミリーとなった。

一緒に仕事をすることでいろんな事を学ばせてもらったとコメントしています。

 

「私にとって本当に大切な出会いでした。最初はあの志村さんと一緒なんだと感激しつつも、現場では皆さんの足を引っ張らないよう必死でした。コンスタントにお仕事をさせていただくなかで、たくさんのことを学ばせていただきました。昔から同じコントでやっているのに、ずっといろんな年代の方が笑っているってすごいなって。間の取り方とかは勉強になりましたし、プライベートの会話の中から新しいネタが生まれることもあって、そばにいていつもワクワクしました」。

出典元:https://www.crank-in.net/interview/82190/1

志村けんのバカ殿様に出演するまでコントの経験がなかったので、コントから学んだ事を別の芝居の仕事で無駄に緊張をせず自然な演技を心がけるようにしているとの事です。




 

野球の仕事と関わり合いはあるのか

高校3年間、野球部のマネジャーをしていた磯山さやかさんですが、芸能界デビューをしてから野球関係の仕事はしているのか調べてみました。

2003年から12球団対抗の特番や、キャンプ取材など野球関係の仕事が増え始めています。

2005年にはマネージャー経験を生かし、スワローズ・ベースボール・ライブに女子マネジャーをしてレギュラー出演し、2006年には当時、古田敦也選手兼任監督ひきいる、東京ヤクルトスワローズ公認女子マネージャーになりました。

ここで磯山さやかさんが野球について語っている動画があったのでご覧ください。

 

その後タレント活動をへて、2006年から茨城県をPRする「いばらき観光大使」を務め、2008年には出身地である鉾田市(ほこたし)の「鉾田大使」になり現在に至ります。

2021年でデビュー20周年を飾る磯山さやかさんの、今後も楽しみですね。

 

磯山さやかの高校時代について世間の声

そんな磯山さやかさんの高校時代について、世間の声を調べてみました。

 

 

 

 

 

 

 

いろいろな声がありましたが、悪い声は全くありませんでした、それだけ世間からは好感度って事でしょうねww

 

まとめ

磯山さやかさんは鉾田高校卒業

3年間、野球部のマネジャーだった

高校時代は彼氏なし

磯山さやかさんは野球愛が強い

以上、これからも磯山さやかさんを応援していきたいと思います。

ここまでご覧くださり、ありがとうございます。




 

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